とりあえず蒼い

就活に失敗した新卒ニートaoiのブログ。妄言が多めですので流し目で読んでいただければ幸いでございます。

面接で今までの学生生活を話したら落とされたから自分語りをするだけの話(自己紹介)

 

こんにちは。

久しぶりの就活で超大手企業を受けたところ、面接で今までの学生生活の話をしたら落とされた「とりあえず蒼い」の管理人新卒ニートのaoi(@aoi_hatena)です。

 

なにが悪かったんやコノヤロー。

 

それだけで落とされたとしたらただの人格否定じゃね??(たぶんそこ以外に問題ありかと)

 

はい、というわけで、もしかしたら僕の学生生活に問題があったのかもしれないと思ったので、洗いざらい僕の経歴等を書いて問題点を見つけていこうかと思います。

 

自分語りなので本性出してタメ語で書いていきます。

(ただの自分語りなんで見ても得られるものはないですすいません)

 

僕という人間

出身は岡山県のどがつく程の田舎。

見渡す限り畑と田んぼ。家の近くには牛舎があって朝にはニワトリが鳴く。うるさい。

電車もバスも通らない(今はバスはある)場所で、街灯もほとんどない。

夜(といっても19時とか)に外に出ると周りを照らすのは月の光か走る車のヘッドライトくらい。

 

山の中過ぎて、たぶんトンネル3つ塞いだら生活困難に陥るんじゃないかと思うくらいのとこ。

口頭で説明するときはだいたいいつも

進撃の巨人の壁の中の世界みたいなとこ」

って言う。間違いなくウケる鉄板ネタになった。

 

保育園時代

ほとんど覚えてないけど、いっつも外で遊んでたことは覚えてる程度。

 

小学生時代

各学年一クラスの地元の小学校に進学。

 

通学途中の

母親が野球好きで、その影響をモロに受けて兄と一緒に地元のスポーツ少年団軟式野球)に入団。

 

というか、地域にスポーツクラブが野球かサッカーしかなかった。

その他のスポーツはよその地域までいかなきゃなかった。

だから地元の子供は皆野球かサッカーの二択しかなかったから、必然的に人数は多くなる。

 

そんな中で野球を卒業まで続けた。

というか大学に入っても軟式野球部に入部してやり遂げたから、実質野球は13年間続けたことになる。長いな・・・。

そのわりにヘタクソなんだけど・・・

 

思い返すと、今までの野球人生の中で一番厳しかったのが小学生時代だった。

 

地元にスポーツがほぼない環境で育って、なおかつこの環境って昔から変わらないから地元のお兄さんやおっちゃんも皆野球をやってたことになる。

そのお兄さんやおっちゃんも人生で野球一筋の人が多くて、甲斐甲斐しく子供たちに野球をコーチしに来るわけ。

 

となるとコーチの数がめっちゃ多くなって、総勢20人くらいコーチがいた気がする。

 

で、このコーチたちは自分が野球をやってきた環境を再現しようとする訳で、彼らの青春時代の野球なんてスパルタそのものなわけで・・・。

子供の僕らにも容赦なくその環境を強いてくるわけで・・・。

 

教育環境や部活環境の問題が活発になっている今なら「これは危険」とか「パワハラだ」とかって意見が出るんでしょうけど、その当時は子供ですし、それが野球をする環境なんだと思っていた僕としては、「うさぎ跳びグラウンド10周」や「水分補給禁止」や連帯責任一日グラウンド声出しランニング」や「ケツバット」は全て野球の一環でした。

 

今思い出すと意味わかんねぇなこれ。

現代でこんなことやってたら間違いなく批判の的だろなぁ。

でも、その当時は問題にもならなかったし、それで辞めようなんて考えた事はなかったなぁ。

むしろ野球は楽しかったし、おかげでチームは強かったし・・・。

 

基本的にほとんど外で過ごすことが多く、学校がある日は毎日朝早く学校に行って同級生と誰もいないグラウンドを貸し切って授業が始まるまでずっとサッカーをやってた。

通学バスから降りてくる友達や先輩後輩もぞろぞろと朝サッカーに参加するようになって、25体25とかでサッカーをやってた。楽しかった。

 

他には、テストで80点以下を取ったこともなかったし、毎日学校から帰ってきたらすぐに宿題終わらせてた。ええ子やんけ(なお今)

 

足も速くて、1年~6年までずっとリレーのアンカーを務めてた。

でもモテなかった・・・。

誰だよ足早かったらモテるなんて言ったやつ。倒すぞ。

 

我が家はゲーム禁止

別に貧しくはなかったし、なんなら引っ越し(前の家から数十メートル)してゴッツイ家に住めるようにはなりましたけど、未だに何でゲーム禁止だったのかは不明。

 

で、引っ越しの時にたまたま蔵を探してたら出てきたファミコン(オヤジが昔やってた)だけは許しが出たので、ついでに見つけたドラクエ4を兄とずっとやってた。

「よっしゃゲームだゲーム!!」

と初めての家庭用ゲームができることで僕ら兄弟はファミコンに熱中。

 

おかげで最新のゲームで遊んでる周りの友達とは全く話が通じなくなり、学校の帰り道はずっと兄とドラクエトーク

「今日はアリーナのレベル15まで上げてエンドール闘技場攻略するぞ!!」

とか話をしてました。

 

ちなみにドラクエは1.2.3.4までは全部ファミコンでクリアしました。

復活の呪文とブラウン管テレビの相性悪すぎ(憤怒)

 

復活の呪文には何度泣かされたか。つかキレるだろ、あれ。

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ゲーム始めるのすらハードモードなのをゲームキューブ世代に知らしめてやりたい。

やっぱ自動セーブ機能って神

 

はい、そんな小学生時代。

 

中学生時代

ここでも軟式野球部に入部。

 

それと、となりの地域の小学校のやつが皆この中学校に集まるから人数が増えた。

といってもほとんど知ってるやつばっかりなんだけど。

この時はじめてクラス分けというものを知る。(それで各学年2クラス)

 

特に秀でて何かできたことはない。

なんなら成績がガクッと下がった。サボってたわけではないんだけど、勉強の仕方が悪かったんだと思う。

成績はいっつも平均点程度。まぁまぁバカ。

 

この時からいじられキャラが定着してきて、友達と話しをしている時にもよく無茶振りをされてた。おかげでハートは強くなった。

 

学生時代によくあるスクールカースト的(当時はそんなワードなかった)なやつを何となく感じてて、全員幼馴染なのにも関わらずちょっと上に立ちたがるやつと低く見られるやつが出てくる。

女子には割と顕著に出てたように感じたけど、男子はそこまででもなかった。

けど、ワイワイはしゃぐ男子グループとひっそり過ごすグループみたいなのはあったように感じる。

ちなみに僕はワイワイはしゃぐグループの男子だった。

 

中学3年の時は一番やかましい男子と一緒の組になって、当然僕もそこに加わってはしゃぎ散らしてた。

で、怒られるのも日常。

 

でもずっとそいつらといるわけではなくで、いつの間にかおとなしいグループ化していた友達ともよく遊んでた。

ファミコン以降、親には内緒で自分の貯めた小遣いでPSPを買って皆でモンハン(モンスターハンター)を休日集まってやり込んでた。

どっちかグループに完全にはまり込むわけもなく、その両方を行ったり来たりしてるよくわからない立ち位置だったと思う。

 

ただ、いつの間にかはしゃぐグループの渦中に巻き込まれて、逃げ遅れてよく怒られてた。

学年でトップの成績のやつもいつも一緒になってはしゃいでたのに、そいつのミスで花瓶割ったのに怒られたの僕だかんね。解せん。

 

なぜかホームステイを経験

両親がいつの間にか短期の交換留学に出すことを決定していたため、2年の夏休みの間オーストラリアで兄と一緒のお宅にホームステイをした。

ただでさえ勉強をしない僕が英語を話せるわけもなかったけど、どうにかして伝えようと身振り手振りやなんとなく知ってる単語を並べてコミュニケーションを図ろうとした結果、なんだかんだで一応伝えることはできた(と思う。)

おかげで楽しいオーストラリア生活を過ごせた。ただし極寒だったのはきつかった。

 

うん、だいたいこんな中学生時代

 

あ、そーいえば修学旅行で沖縄行ったけど、その時人生最多の口内炎7個出来てて涙流しながら肉食ったの思い出した。

皆美味そうに肉食う中一人激痛に耐えてたんだよなぁ。思い出したら辛くなってきた。

 

高校時代

全校生徒60人くらいの地元の高校に進学。

昔はヤン高(ヤンキーいっぱい高校)とか言われてたみたいだけど平和な学校だった。

なんせ先輩後輩皆幼馴染ばっかり。

 

もともとは高校球児を目指して硬式野球部がある学校にいくつもりだったけど、地元の高校に進学した先輩が僕らのいた中学校に来て

「野球部を復活させよう」

と勧誘にきたんで、それに乗っかって地元の高校に進学した。

 

その高校はどの部活も人数不足で活動ができない状況で、元野球部の先輩3人が僕らの代を入れることによって休部していた部活を復活させようと考えていたみたい。

 

ちょうど僕の代は野球部員が多く、結果として部を復活させることができた。

先輩方はすぐに引退してしまったけど、あの一声がなかったら幼馴染の皆と野球できなかっただろうから今では感謝してます。

 

同級生の幼馴染ばっかで野球をやるなんて、なんだかルーキーズみたいで楽しかった。

(中学生の頃ドラマでやっててドはまりした)

 

ただ、廃れた学校なだけあって野球を教えてくれる先生も50を過ぎたおっちゃん先生(監督)くらいしかいなかったから、僕らで練習メニューを考えてやってた。

でもこのおっちゃん監督には土日も関係なくノックを打ってくれたり差し入れをくれたりと本当にお世話になった。感謝してます。

 

結局野球はぜんぜん強くはなかったけど、全力でやったし一番努力した時期だった。

 

それまで試合に負けても負け慣れてるせいでなんとも思わなかったけど、高校最後の試合に負けたときは初めて本気で悔し泣きした。

涙を流せるくらい本気で取り組んだのは22年の人生でこの時の野球だけ。

今その情熱はどこにいったんだろうかねぇ・・・。

 

ちなみに勉強はというと、これまた変わらず平均点ギリギリくらい。

ほとんど勉強してなかったし、あんまり興味なかった。

でも先生の話は面白かったから授業自体は好きだった。

 

先生のほとんどがマンガ好きな人が多く、先生とマンガトークをずっとしたりしてた。

50分の授業まるまるワンピースの考察について議論するだけで終わったことも何度もあるくらい。

 

僕らの代は先生と仲が良くて、用もないのに職員室に行っては先生(校長。教頭も)方とお茶を飲みながらずっと話をするのが日常だった。(他ではこんなことないのを知ったのは大学で)

 

進路を考える

で、いよいよ進学か就職か、ってなる時期に、漠然と「進学したい」と思っていたのを両親に伝えありがたいことにOKをもらい勉強をなんとなくするようになる。

いや、正直に言うと就職したくなかっただけ。

ここじゃない違う世界を見たかった。だから時間もある大学生に憧れた。ここを出られたらどこでもよかった。

(ただしニートになる予定などない)

 

この時本気で自分の人生を考えるきっかけがあったら、今とは違う世界を見ていたのかもしれない、と思うことがたまにある。

漠然としたその考えをもっと具体的に考えさせる場を高校は提供すべき(急な批判)

 

いろいろ進路でごたついたりしたけど、最終的には神戸のあるFラン大に受かり進学決定。

 

同級生30人中5人が大学に進学。

10人くらいが専門学校。

ほかは就職。ってかんじ。

 

高校生活が一番楽しかった。ここでもわちゃわちゃやってた。

授業中とかボケてツッコんでの繰り返しをずっとやってた。(節度はあった)

 

はい、こんなかんじの高校時代。

 

大学時代

全部がはじめて

はじめて地元を出た。

ほんではじめて地元以外の人間と触れる機会になった。(それまではほんとに外部の人間と話す機会なんてなかった)

 

はじめてコンビニが近くにある生活をした。

はじめて夜でも明るい世界に住むことになった。

はじめて電車に乗った。

はじめて一人ごはんを食べた。

 

もう、全部がはじめてだった。全部。

驚きと感動しかなかった。

コンビニが近くて電車が走ってるなんてテレビだけの世界だと思ってた。(ほんと)

 

で、意外や意外。

案外コミュ力あった。初対面でもふつうにばんばん話しかけれた(というかコミュ障かどうかなんて確かめる場もなかったから自分について知ることがなかった)

 

部活

大学でも野球がやりたかったから、軟式野球部に入部。

一回生(関西圏の大学では学年のことをこう呼ぶ)のほとんどは野球に費やした。

 

ここでも驚きがあった。

はじめて幼馴染以外と野球をする機会だった。

 

皆ビビるくらいウマい人ばっかり。

丸刈り硬式野球をやってた人ばっかりの部活だったから、僕なんかがやる野球とその人達がやる野球はまるでベツモノ。

自分の野球は全然通用しなかったことが本気でショックだった。

悔しくて野球に取り組むようになる。

 

だけど、2年になってからだんだん冷めていって3年生の頃には興味すらなくなった。

理由は簡単。

あの独特な体育会系のノリがクソおもんなかったから

 

先輩しかり同級生然り、皆そういったガッチガチの体育会系社会で育った人ばかりだから自然とそのノリになっていくんだけど、そんな社会を知らずに地元で幼馴染と野球をやってた僕はそのノリが全くわかんなかったし、そいつらといても話が合わないから、僕はいつの間にか幽霊部員化して引退を迎えた。

 

今思うと、大学に入ってまで野球する必要なんか欠片もなかった。というか僕は時間とお金の無駄使いをした、と思ってる。

後悔でしかない。

僕は幼馴染とやる野球が一番楽しかったんだと気付いた。

野球に費やしたあの時間があればもっと別もコトができたのに、と思う。

 

それ以降は ・・・

野球に興味がなくなって以降、あらゆる活動に取り組むことになった。

 

例えば学部内インターンシップ(と言う名の広報活動)に参加して、入学式での学部説明会や入学式後の学部内パーティのイベントを主催したりした。

そもそものきっかけは、自分の入学式での学部説明会の時にステージに立ってた人達に興味があって「いつか僕もあんなふうにステージ立ってみてぇ」と思っていた。

 

で、これに参加すればステージに立てると知って広報云々なんてどーでもよくて、ただ立てればいいと思って参加した。

 

ここでは紹介用のプレゼンを造ったりイベントを企画したりと案外大変だった。

その頑張りもあって念願のステージに立って解説をしたりパーティでイベント盛り上げたりとやりたいことは叶えられたので満足。

 

他にも漠然と考えていた「海外に住んでみたい!」という願望も3ヵ月程の短期留学をしたことで叶えることができた。

この留学には特に目的意識があったわけではないけど、それでもその期間は多くの発見があった。

ちなみに行った国はフィジーという南国。オーストラリアやニュージーランドの近く。

 

この国は世界で最も幸福度が高い国らしく、たしかに住民は皆毎日楽しそうにしてた。

昼間っから木陰でビールのんで歌って踊ってるからね。日本との差よww

 

最初はシャワーでお湯がでないことに不満をぶちまけてたけど、3日もすれば慣れた。

むしろ水シャワーが気持ちよく感じてた。

慣れって怖いわ 。

 

意外と日本人が多かったし、その中でも同年代の子が多くてよくご飯を一緒に食べたり遊んでた。

一人で行動することも多かったから、勉強のつもりで現地の人をコミュニケーションを図ったりしてた。

 

学校の寮に住んでて、ご飯も全部自分で自炊しなきゃいけなかったから、よくスーパーまで買い出しに行ってた。遠いし暑いのよこれが・・・。

これも今ではいい経験。

 

ほかには、お金がなかったときに遠くに移動しなきゃいけなかったことがきっかけでヒッチハイクで移動をしたことがある。

思い付き(というか移動手段に困ってたからがむしゃら)でやってみたら思いのほかうまくいった。

それ以降、遠出をするときはあらかじめ日数を多く確保しておいてヒッチハイクで移動をすることがあった。

ご迷惑をおかけしました・・・。

 

今度ヒッチハイクの記事でも書いてみようかな・・・。

 

あとはハロウィンで仮装が盛り上がってたから

「大学生ならハロウィンの日に学校になんか仮装してくるだろ!!」

と思い、僕も乗っかって家にあった馬の被り物をして一日学校で過ごしてみたところ、誰一人仮装してるやつなんていなかった。 

結果的に写真撮られて一人浮いて終わった。学生ってこーゆーのしないの??

ちなみにパーティとか騒ぐ系のイベントは嫌いなので家で普通にごはん食べました。

 

こんなことをやってみて、正直内心面白かったからひと月に一回くらい定期的に馬の被り物をして学校に行ってた。(事案)

 

バイトの話

一回生のころはブックオフを3ヵ月やった。声出しとか本の詰め替え作業とか結構ハードだった。

客として利用してた時に思ってたけど

「いらっしゃいませこんにちわーー!!(いらっしゃいませこんにちわーー!!×店員の人数)」

の挨拶、超うるさいね。

声出す側も条件反射で声出るようになるから不思議。

 

それからは1年間くらい風呂屋の食事処でバイトして、和食の基礎知識とソフトクリーム巻く技術を高めた。(やたら売れる)

バイト終わりにタダで温泉入れるし、得なことは多かった。

 

そこを辞めてからはヤマトの荷物分けのバイトとかガソリンスタンドとかを短期でやった。

 

それ以降は個人経営のカフェレストランでバイトを始めた。

卒業までずっと続けたから、トータル2年間。

ここのバイト、マジで最高だった。

 

個人経営と言っても、仕切ってる人はいなくて、ほかのバイトの主婦の方々が切り盛りしてる感じだから超ユルかった。

 

大学の近所ということもあり同じ大学の先輩や後輩が多く、かなり仲が良くなってバイトがない日でもよく遊んでた。

卒業した今でも先輩や後輩とはよく遊んでる。

 

バイトには絶対渡さないであろう店のカギとか普通に渡されて、開店から店を開けるのも学生で、閉店で店を閉めるのも学生。

 

モーニングを提供する店だったから朝は早かったけど、家でだらだら寝て時間を無駄に過ごすより、バイトに行ってコーヒーすすってパンかじってることの方がはるかに有意義に感じた。

つかわざわざ朝のシフトの前日にバイトないのに行って、朝自分で食べるためのフレンチトーストを仕込んでたこともよくあった。

 

しかもカフェだから、コーヒーの美味しい入れ方を自分で研究したり、パフェの作り方やサンドイッチの作り方とかかなり勉強になることばかりだった。

(ただし私生活で使うことはない)

それにディナーになると自分の晩御飯を自分で作って食べてもよかったことから、家ではなかなか作れないようなオムライスとかグラタンとかをわざわざ勉強していって作ったりしてたから、料理スキルは身に付けることができたのはありがたいことだ。

 

あんまり「バイトしてる」って感覚ではなくて「遊びに行ってる」感覚で働いてた。

 

一番続いたバイトだったし楽しくて辞めようと思ったこともなかったから、たぶん仕事の内容というより楽しい人達と仕事してたってことが一番の続いた理由なのかも。

 

とまぁこんなかんじにやりたい放題できる環境にいたってことです。

 

友達関係の話

大学入学当初はめちゃめちゃ浮かれてて、学部関係なくいろんな人に話しかけて交友関係を築こうとしてた。

のはよかったんだけど、そうやって無理やり繋がってみた結果、一緒にいても全然話が合わなかったり相性が合わない人がほとんどだった。

でも友達が欲しかったから、気が合わない人ともよく一緒に授業受けたりそのグループに入ったりしてた。

 

でもそんな関係が続くわけもなく、1回生の秋にはいつの間にか一人で過ごすようになった。

ここから僕のボッチ生活が始まった。ただでさえ一人暮らしだというのに、話好きの僕は部屋に置いてある犬の置物に向けて喋るただの危ないやつになってしまった。

 

その後はゼミの友達となぁなぁで授業とかで一緒の時間を過ごすようになり、2年間そういった生活を続けていた結果、今ではその友達くらいしか交流がないくらい、狭い交友関係で学生時代を過ごした。

 

さぁ、就活だ・・・?

以前からこのブログを見てくれている方はたぶん知ってる(みんな興味ねぇか)と思うけど、事前準備ゼロ&不真面目な就活生として過ごしてしまったが故に大失敗。

ちなみにその話はこちら ↓

就活失敗→新卒くそニートになった話 - とりあえず蒼い

 

それに単位もかなり危うい状況だったから、普通に授業行ってた。

(必要単位以外の興味あった授業ばかり取りすぎて卒業単位不足に陥ってた) 

 

現実逃避を続けて図書館にこもって本読んだり、パソコンいじったり、映画観たりと、無気力な生活を続けた。

 

バイトにはずっと行ってたから一応お金はあった。

から、突拍子もなく思い付きでマレーシアに行きたくなったことがあった時、関西圏の大学に進学した幼馴染に連絡して一緒に行くことに。

初めて学校とか勉強とかまったく関係なく海外に行った。

別に英語しゃべれないけど、身振り手振りやってればどーにかなることを知り「これ国外でも案外生きていけるんじゃね??」とか考えたこともある。(安易)

 

その後は卒業旅行で東南アジア横断を決行したくらいのもの。

海外旅行 カテゴリーの記事一覧 - とりあえず蒼い

 

はい、そんなこんなで大学を無事卒業。楽しかった・・・。

 

そして今・・・

今はニートながらも就活をしてたり、こうやってブログ書いたりあっちやこっちに行ったりと、あんまり学生時代とそんなに変わらない生活をしている。

 

 未だに仕事を通じてどうなりたいか、とか、~年後にどうなっていたいのか、とか、全然わからん。

真面目に考えていないからかもしれないし、自分について深く掘り下げていないからなのかもしれないけど、見えないものは見えない。

 

ほんと、こーゆーのを語って就活で内定もらったやつはスゴイ。

 

就活本を読み漁って書いてあることを実践してみたけど、結果は変わらず。

よっぽど頭が悪いか考える力がないかのどっちかとしか思えんww

 

結局のところ・・・

ただ、今日こうやって自分の人生を振り返ってみてわかったことがある。

僕という人間は

・18歳まで外部の人間との接触なしのど田舎人間

・意外とコミュ力があった

・楽しく話せる人がいれば仕事内容は案外どーでもいい

・後先考えず行動する

・変に目立ちたがり

ということがわかった。

 

この人間性をどう就活に活かそうか??

うーーーん・・・。

特に仕事でやってみたいことがあるわけでも欲しいスキルがあるわけでもないと考えると、極論なんでもいいってなっちゃうよなぁ。

 

熱中できる何かがあればたぶん全力で取り組めるだろうから、手探りで何でもやってみるしかない気がしてきた。

 

さいごに

自己分析とかっていうやつとはちょっと違う形で自分の人生を書き起こしてみた。

書くって行為自体かなり頭の中で整理して出すようなものだと思ってて、書いてるうちにそれなりに自分の人生を整理して考えられたと思う。

いわゆるアウトプットってやつ。

 

確かに、こう書いてみると自分という人間がわかったような気がする。

行動原理とか思い返しても「やってみたかったから」ってのがかなり多くて、突発的な人間であるということはよくわかった。

 

「これ会社でやってけんのかよ」

 

とか思ったけど、まだ会社に入ったことのない僕が考えることじゃないか。

入ってダメだったら辞めればいいんだし。(まず入れよ)

 

当ブログでは馬の被り物をかぶって歩き回るこんな人間を雇ってくれる会社を募集しています。

 

ではでは~。