とりあえず蒼い

aoiの日常をお送りするブログです。自分の蒼さを表現しながら日々の出来事とか書いてみます。

「誰かのために」そう思えない僕は人間失格なのか

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こんにちは。

先日就活の選考に進んだ企業に見事お祈りメールを頂いた「とりあえず蒼い」の管理人

新卒ニートaoi(ブログやってます) (@aoi_hatena) | Twitterです。

畜生呪ってやる・・・!!

 

 

僕は昨年就活に失敗しており、大学を卒業した今、心を入れ替えて改めて就活を続けているわけなんですが、どうしても引っかかることがあります。

 

それは

 

「誰かのためになにかをしたい」

 

という感覚が僕にはわからない、ということ。

 

そもそもこの記事を書こうと思ったきっかけありまして・・・

それがこちら ↓

「誰かのために」で生きるには、自分勝手に生きること | いわタワー

 

彼は僕と同い年のブロガーのいわたさん(いわた (岩橋康太) (@iwata09_com) | Twitter)。

 

実は、僕は彼を去年から知っていて、彼を知るきっかけとなったのがこの記事 ↓

【就活失敗】40社受けて内定ゼロのぼくはフリーランスで生きていく | いわタワー

(引用失礼します) 

 

ちょうどこの記事をネットで見つけた頃、僕はある会社でインターンを始めた頃だったと思います。

 

どこの誰なのかも全く知らない同い年の大学生。

僕と同じように就活を続けた結果、彼自身が導き出した「就職をしない」という答え。

 

僕には絶対に出すことのできないその答えに、心底驚いたのを覚えています。

 

この答えを出せたのはきっと彼にブログからの収入があって、そして自分自身の気持ちに素直になれたから。

 

正直うらやましかった。

 

それでも、去年の僕には彼のようなブログからの収入があるわけでもなく、フリーランスに憧れる気持ちもなく、普通に就職をして社会でバリバリ働いてやろう、と思い、インターンとして働き、でも結局は就職できないまま今に至ります。

 

自分の正直な気持ちって・・・

いわたさんは自分自身の長所をしっかりと把握していて、そこから導き出された答えが「就職をしない」ことでした。

 

僕はどうなのか??

じゃあ僕の長所ってなんだろうか??

そこから導き出される僕の答えってなんだろうか??

 

長所・・・、裏表のないシンプルな性格・・・ですかね??

 

長所といえるかどうかはわからないですけど、僕は思ったことはすぐに口にしてしまう性格です。

面白いものがあれば「面白い!!」と言うし、面白くないものには「面白くない!!」とハッキリと言います。

 

もしかしたらこの性格を"素直"と表すのかもしれません。

 

それゆえに、面接においても自分が思ったことばかりを口にしています。

逆に言うと、自分が思わないことは口に出すことが難しい、と言うことになります。

彼同様、僕も自分が本気で「行きたい!!」と思った会社以外には、なかなか自分の本気の想いを伝えることができません・・・。

 

僕自身、この性格に何も問題を感じいていないんですが、どうにもこの性格、人からの好き嫌いがハッキリ分かれるそうで、むしろ僕を嫌いと言う人の割合が高い気がします。

 

今、自分の素直な気持ちを口にするなら、就職もニートも、どっちでもいいです。

 

生活をするためにお金が必要。

そしてこの生活の収入は不安定で、保険もない。

 

お金と保険という面で見れば、今の僕に一番良い選択肢は”就職”すること。

 

就職をするのは他に誰でもない“僕”のため。

 

ではもし仮に収入も保険もあるなら・・・??

もしそうなった場合、僕は無理に就職しようとは思わないです。

今僕が就職をしたい理由は「お金」と「保険」のどちらも手に入るから。

 

その二つが手に入っている状態だとしたら、就職する理由は見当たらない。

 

その他に就職をする理由があるとすれば、それはきっと「社会のため」とか「自己成長」とかそういった想いが必要になってくるんじゃないかと思います。

 

あいにく、僕にはイマイチそういう想いがないから・・・。 

 

僕が思うに・・・

「社会のため」とか「自己成長」とかを思える人ってスゴイと思ってます。

 

「社会のため」「だれかのための」と考えられる人は、心の底から大事な人がいたり、あるいは本当に社会に貢献してより良い方向へ繋げていきたい、といった想いがある素敵な方なんだと思います。

 

「自己成長」と考えられる方は、既に自分が目指す姿や将来の理想図を描けていて、その未来に向かって努力ができる計画性のある方なんだろうな、と思います。

 

就職をする人の全ての人の全員がこういった考えを持っているとは思っていませんが、少なくとも内定をもらうために彼らは

「社会のために何かをしたい!!」

「社会に貢献したい!!」 

と口にしているはず。

 

会社の存在理由を考えても、当然社会のためになることをしなければ、その会社は利益を出すこともできないし、必要とされる存在になるためには”誰か”に”何か”をしなければいけない、ということは理解しています。

 

ただ、僕はどうしても「誰のために何かをしたい」と思うことができません。

 

それはなぜか??

たぶん、僕がとっても自分主義の人間で、大学時代は常に一人行動をしていたから、じゃないかあなぁと思います。

 

今に始まったことじゃない、と思うことがあります。

僕昔から野球をしてまして、結局大学に入学しても野球部に所属してました。

 

自分でも認める程、僕は下手な方でした。

 

子供の頃はもっと下手で、でもたまに活躍とかしてたおかげでずっとレギュラー

として試合には出てました。

でも、打てないことをよくバカにされ、中学生の頃も同じようにバカにされてました。

 

バカにされるのがムカつくからずっと打撃の練習を重点的にしてました。

 

結果的に、高校ではよく打てるようになり、チームで一番の打率を飾るまでにはなりましたが、その過程で僕は野球において最も重要な意識が欠落してしまっていました。

 

それは「チームの勝利への気持ち。

 

僕の能力不足でバカにされる機会が多かったためか、

「僕が打てるようになればバカにされない」

という意識が徐々に変化し

「僕さえ打てればそれでいい」

と思うようになりました。

 

スポーツマンシップのクソもない話です。

 

結果として、僕は「チームの勝利」より「自分の打率」が一番大事だと思うようになりました。

例えチームが試合で負けたとしても、僕自身が4打数3安打2打点、とかだったら万々歳でした。

 

「勝つぞ!!」と円陣を組んで士気を高めている時でさえ、そんなものはどうでもいい、とすら感じていました。

「僕さえ打てればそれでいい」んですから。

 

「皆がその意識を以て野球をやった方が良く打って点が入るんじゃない??」

と今でも思います。

サッカーやバスケなどのスポーツは一人で点を入れるのは難しい競技です。

その点野球は打席にたった一人、サインがどうこう言われても、バットを振るのはあくまで自分。

結局のところ野球って一人の打席で、一人で結果を出せるスポーツなんですよね。

 

僕的に野球というスポーツは団体競技ではなく個人競技だと思っています。

 

社会は「誰かのためになにかをしたい」と思える人間を求めている

この気持ちが芽生えて以降か、僕は「誰かのため」と他人を思いやる気持ちが欠如しているのかもしれません。

 

それ故か、「社会のため」とか「誰かのため」と思える人がうらやましいんです。

 

そういった想いを持った人間を社会は求めている。

 

でも僕はその想いすら持ち合わせていない自分主義な人間。

 

そんな僕は人間失格なのか・・・??

 

いわたさんの記事を読んで・・・

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彼のこの記事には

まずは自分のやりたいこと、成し遂げたい目標へ向かって欲求の赴くままに突進してみればいい。

その後で必ず、「誰かのために」で動けるようになる日がやってくるから。 

いつか自分が満たされるその日まで、自分勝手に生きていい。

考えてみれば、自分のことすら幸せにできない人が、他の誰かのことを幸せにできる訳がないもんな。

 (引用失礼します)

 

と、あります。

 

なるほど、と思った。

 

僕は僕自身が満たされていないから「誰かのために」と思えないのか・・・。

 

彼のこの言葉が僕にとって全正解ではないかもしれませんが、あながち間違いでもないのかもしれません。

 

まずは自分が満たされる、かぁ。

 

金銭面、将来の事、就職・・・。

 

これらが満たされたとき、初めて僕は「誰かのため」と思えるようになるのだろうか・・・。

 

うーん、わからない。

 

いや、わからなくて当然か。

 

だってどれも満たされていないんだから。

 

彼は努力と自分との長い葛藤の後にやっとそこに気が付いたのだから。

 

大して努力もしてない僕がそこにたどり着くなんてまだできない。

 

だから、僕は満たされるまでやってみようと思う。

 

「満たされる」という一個のゴールを目指してみようと思う。

 

彼のように真っ暗な闇の中を抜けることができるように、今はもがくしかないのかもしれない。

 

いつかは「誰かのために」、そう思える日が来るように、歩きましょうか・・・。

 

 

いわたさん、ありがとうございました。

あなたの記事のおかげで少し道が見えた気がします。

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